神戸常盤大学

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【国際交流センター】ネパール交換研修学生報告

本学は、ネパール・カトマンズに活動拠点を置くハチガウダ福祉協会(住民の医療と生活の向上のためボランティア活動を行うNPO)との間で隔年に相互に研修生を派遣しております。2025年度の派遣団は本学学生6名、神戸常盤女子高校生4名、同窓生2名、引率教職員5名、合計17名で2025年12月21日~28日の期間、カトマンズにて研修を行いました。参加学生の報告を紹介します。

保健科学部 口腔保健学科2年 Y.Kさん(学年は研修参加時のもの)

 ネパールでの1週間の研修は、私にとって「不安と緊張から始まり、気づけば温かさに包まれて終わる」とても印象深い経験だった。出発前は、文化や生活環境の違い、言葉が通じるのかという不安など、正直「怖い」と感じる気持ちの方が大きかった。しかし、実際に現地で過ごしてみると、ネパールは決して怖いものばかりではなく、人の優しさや温もりを強く感じられる街だった。

 特に心に残っているのは、ホームステイでの生活である。言葉が完璧に通じない中でも、ホストファミリーは笑顔で迎えてくれ、身振り手振りや表情を使って一生懸命コミュニケーションを取ろうとしてくれた。食事を一緒に囲み、「おいしい?」と何度も気にかけてくれたり、私の体調を心配してくれたりと、家族の一員として大切にしてもらっていることが伝わってきた。英語ができなくても笑顔と伝えたい気持ちがあれば伝わることをとてもよく感じられた。異国の地でありながら、「ここが私の家だ!」と安心できた時間は、今でも忘れられない。

 また、街を歩く中で感じたネパールの雰囲気も印象的だった。最初は日本との違いに戸惑う場面もあったが、人々の穏やかな表情や、すれ違うときの自然な笑顔に触れるうちに、少しずつ緊張がほどけていった。にぎやかでエネルギーのある街でありながら、どこか人の温かさを感じられる空気があり、「もっとこの国のことを知りたい」「もっと関わってみたい」と思うようになった。

 教育施設の見学では、子どもたちの姿が強く心に残っている。学ぶ意欲という言葉以上に、私の目に焼き付いたのは、子どもたちのキラキラとした目だった。学ぶ時間そのものを大切にしている様子が伝わってきた。その姿を見て、学ぶことは環境の豊かさだけで決まるものではなく、心の在り方によって支えられているのだと感じた。

 医療現場の見学では、日本との環境の違いに驚く場面も多かった。設備や物資が十分ではない中でも、医療従事者の方々が一人ひとりの患者に丁寧に向き合っている姿を見て、医療にとって本当に大切なものは何なのかを考えさせられた。整った環境があることはもちろん大切だが、それ以上に人を思う気持ちや寄り添う姿勢が医療の根本にあるのだと感じた。

 この研修を通して、私は異文化理解とは、違いを「知る」ことだけではなく、相手の立場に立って感じ、受け止めることだと学んだ。ネパールで出会った人々の温かさや優しさは、私の不安を安心へと変えてくれ、もっと世界を知りたいという前向きな気持ちを与えてくれた。将来、歯科衛生士として多くの人と関わる中で、この経験を忘れず、一人ひとりの背景や気持ちに寄り添える存在でありたいと思う。ネパールで得た学びは、私の中でこれからも大切に育てていきたい経験である。

保健科学部 診療放射線学科 3年I.Aさん(学年は研修参加時のもの)

 初めての海外、初めての国際線、初めてのホームステイ…。この研修の全てに「初」がつくほど、何もかも新鮮で刺激的な研修でした。この研修に参加するメンバーと顔合わせをした時に、男子が一人もいない、自分が最年長。と、不安を募るには十分すぎる要素しかありませんでした。しかし、終わってみるとこのメンバーでよかったと思えるほど、かけがえのない出会いとなりました。

 カトマンズの空港を出て、外に出た瞬間にぶつかってきたけたたましいクラクションの音、詰め詰めの車間距離、土煙。「あぁ、本当にネパールに来たのだ」と、背筋が律される思いでした。

 翌日、ホストファミリーとの顔合わせがありました。家に着いてみると、自分の知っているネパールとはかけ離れた家屋でした。自然に溢れ、空気も澄んでカトマンズが一望でき、予想外の印象を受けました。会話を続けていると、自身の語彙の乏しさを痛感しました。伝えたいことはあるのに、伝えられない。そのもどかしさを抱えながら、ホストファミリーとの日々を過ごしました。

 特に衝撃を受けたのは、ネパール医科大学、及び附属病院の見学です。まず、ネパール医科大学を見学した際に、本物の人の標本が置かれていました。また、その写真を撮っても良いとのこと。日本であれば、個人の尊厳等で本物を見る機会はほとんどないと思います。衝撃を受けたとともに、個人の尊厳に対する認識の違いが疑問となって残っています。また、附属病院に行った際にも近い認識を持ちました。例として、仕切りの無い病棟だったり、廊下に個人情報が書き出されていたり。日本ではかなり厳重に守られるであろう、情報やプライバシーという概念が感じられませんでした。これは、国柄なのだろうと思われますが、衝撃的でした。

 さらに印象に残っているのは、「CT/MRI装置」の存在です。私は、前回のネパール派遣研修に参加した友人から写真を見せてもらっていました。そこには、日本ではもう使われていない旧型の一般撮影装置がありました。恐らく、このような装置を見ることができると思い、病院に赴いたが、待っていたのは上記の最先端の装置たちでした。国に1台のみの装置、それは私が臨床実習で見た装置と遜色無いものでした。これを見るに、国の医療の転換期に立ち会ったような気がしました。たった二年で、この変わり様。発展途上とはこのことかと感じさせ、医療の進化の速さを痛感しました。

 また、別日には、Ujjwal Tara Schoolに見学に行きました。そこには、可愛らしい子たちがなんと日本語で迎えてくれました。さらに、講堂で集まって舞台を見ながら生徒たちと話していたが、当たり前のようにネパール語、英語、さらには日本語でも会話をしてくれました。この「当たり前のように三か国語を扱う」こと、さらには自分たちよりはるかに小さい生徒たちが。この違いについて考えたとき、日本とは「言語に対する重み」が違うのだろうかと考えました。私たちは、英語ができなくても生きていくことができます。しかし、ネパールでは、生きる・稼ぐためには英語や日本語が必要不可欠となっています。より稼ぐためには、海外に出稼ぎにいかないといけない。そのためには、言語の習得が必要。全ては、生きるため、家族を養うための学習なのではないかと考えました。この姿勢は、私たちは学ばなければならないと感じさせるほどでした。

 最後に、私がこの研修で目標にしていた「外国人に対する偏見を無くす」に関して述べます。結果としては、偏見なくフラットな感性を養うことができました。やはり、目で見て肌で感じないと分からないことがあると感じました。相手を知ろうとすること、これが偏見を無くす一歩になると考えています。その一歩を、こういった形で踏み出せたことを嬉しく思います。医療現場では日本人、外国人、分け隔てなく医療を提供しています。誰しも等しく救える、そんな医療人になるためにも、この研修の経験を活かしていきたいと考えております。